1 名前:Egg ★:2018/12/16(日) 12:05:20.69 ID:CAP_USER9.net
いろいろなことがあった18年が終わろうとしている。あとになって振り返ってみれば、日本が初めてW杯への出場を決めた97年に匹敵する、
エポックメーキングな1年として位置づけられるのではないか。そんな予感を抱かせる1年だった。
エポックメーキングな1年として位置づけられるのではないか。そんな予感を抱かせる1年だった。
思えば1年前、日本代表の明るい未来を思い描く人はかなりの少数派だった。
試合後のインタビューで自分たちの敗戦を自嘲気味に語る選手の姿は、監督に対する信頼度が地に堕(お)ちていることをほのめかしていた。
はっきり言ってしまえば、あの頃の日本代表は、負けることに驚いていなかった。
だが、監督の更迭を求める声が高まる一方で、頑(かたく)なに続投を支持する人たちもいた。曰(いわ)く、この期に及んでの更迭はリスクが高すぎる。
曰く、まだ日本人は内容だの理想だのを追求する時期ではない。ハリルホジッチの現実路線こそが正しい。曰く、誰がやっても同じ――。
更迭を求める人たちも、自分たちの要求が通ることを信じていたかと言えば、それは疑問が残る。
何しろ、いまだかつて日本サッカー協会はW杯直前に監督を交代させたことがなかった。前例にないことをやるにはエネルギーが必要で、日本社会の場合は特にそうである。
だが、前例がなかったこと、特別なエネルギーが必要なことを、日本サッカー協会はやった。続投させての失敗であれば、火の粉が降りかかるのは監督と協会の双方になるが、
更迭させての失敗ということになれば、火ダルマになるのはほぼ協会のみ、である。
この勇気ある決断こそが、日本サッカー界にとって・・・
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