◆京都サンガF.C.・岩崎悠人@後編
京都サンガではプロ1年目の昨シーズンから出場機会を掴み、U-20ワールドカップにも出場した。だが、けっしてエリート街道を歩んできたわけではない。中学時代には挫折も経験したが、苦しい時期に支えてくれたのは、「日本代表になる」という夢だった。だから今、出場機会を失っても腐ることはない。悩みながらも考え抜くことが未来を切り開くことにつながると、岩崎悠人は知っているからだ。
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―― 今年のアジア大会期間中、岩崎選手は「高校の時もそうですけど、今までゴールでチームの信頼を得てきたし、ゴールでチームを助けてきたから、僕にとってゴールは大きいものだ」と言っていました。子どものころからストライカー、ゴールゲッターだったんですか?
岩崎悠人(以下:岩崎) いや、小学生時代はボランチとかで、自分でドリブルで抜いていって、GKと1対1になったところでパスを出して決めてもらう……みたいなシーンが多かった覚えがあります。
―― 低い位置から運んで。足は速かったんですか?
岩崎 足は速かったと思います。
―― では、いつからストライカー、点取り屋に?
岩崎 高校に入ってすぐ、いきなり(京都橘高の)米澤(一成)先生にFWに指名されて、中野克哉くん(現関西大)と2トップを組んでからですね。中学時代(彦根市立中央中)もトップ下でしたから。
―― ・・・
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