五輪世代との兼任監督らしい判断だった。ベトナムについての認識は、現場とそれを取り巻く周囲との間に大きな乖離があった。
ベトナムのエース、グエン・コン・フォンは、J2の水戸で5試合出場無得点の足跡しか残せずに帰国。「もう一度日本でプレーしたい」というコメントがメディアに流れていた。
彼の試合後の言葉も印象的だ。
「日本の選手たちは、みんな欧州でプレーしているのに、我々は日本ですらプレーできていない」
だが実際にフタを開けてみれば、グエン・コン・フォンは俊敏で複数のDFを相手にしてもボールを失わず、吉田麻也も冨安健洋も必死の対応を強いられた。
若いベトナムは、U-23アジア選手権では決勝に進み、アジア大会でもベスト4に進出している。アジア大会では、2歳のハンデを抱え東京五輪世代で臨んだ日本が、
互いに2勝ずつ挙げた後の3戦目で顔を合わせ、ターンオーバーしたメンバーながら0-1で敗れていた。
森保一監督は、こうしたベトナムの躍進を目の当たりにしてきた。その上で最も怖れたのは弛緩だろう。
準々決勝の相手がベトナムに決まり、日本側から楽勝ムードを払拭するのは難しかった。メディアを通して「ご褒美」や「プレゼント」などという言葉が出てくる。
選手たちからは楽観視を危惧する発言も出ていたが、逆に懸命に引き締めようとする姿勢の裏にも、指揮官はリスクを感じ取ったのかもしれない。
本来厳しい戦いが予想される準・・・
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