チームを率いる大岩剛監督(52)と00年夏に名古屋グランパスを電撃的に退団したJ3・SC相模原の望月重良創業者兼フェロー(51)と相模原の平野孝スポーツダイレクター(50)がこの日までに取材に応じ、当時の“事件”を語りながら、盟友の健闘を祈った。
【取材・構成=佐藤成】
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3人は学年こそ違うものの、今では、40年来の仲だ。サッカー王国の静岡市清水区(旧清水市)で育ち、地域の選抜チームだった清水FCの先輩後輩だった。
小学校低学年からそれぞれのチームで対戦した記憶もある。また清水FCでは小学高学年~高1までが金曜日の放課後に同じ練習を行うという珍しい取り組みもしていて、学校や学年が違っても仲間だった。
高校は全員が名門・清水商業(現・清水桜が丘高等学校)に進学。大岩監督が3年時に望月氏が2年で平野氏が1年。ここで全員がそろった。
望月氏は大岩監督をこう評す。
「頼りになるというか、キャプテンを支えながらチームに安定をもたらすというか、安定を保つ、調整役だった。高校も大学もプロもずっと同じような感じ。ずっと大岩剛って感じ」
平野氏はこう言う。
「学校では優等生的な感じ。冷静沈着だった。剛くんとは親しくさせてもらっていて、1年のうち6~7カ月は大岩家で過ごした。泊まりに行って、朝練に一緒に行くとか。他の・・・
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